
1. フック:売れた事実
ライオンの衣料用洗剤「NANOX one PRO」は、広告を掲載せず忖度のない検証で知られる商品テスト誌『LDK』の「LDKベストバイ・オブ・ザ・イヤー」(洗濯洗剤部門)を、2024年・2025年と2年連続で受賞した。2025年の審査では花王「アタック抗菌EX 強力洗浄」を抑えての1位で、消臭力テストでは「ほぼ無臭レベルまでニオイを消した」と評価されている。本体1本(600g)で800円弱と、一般的な洗濯洗剤よりも明確に高い価格帯でありながら、口コミサイトには「一生コレでいい」「1年以上愛用している」といった継続利用の声が並ぶ。2026年10月にはナノックスを含む159品目の値上げが予定されているが、値上げの前からすでに「高いけれど選ばれる」という土台ができあがっていたことになる。
2. 背景と狙い
NANOX one PROの起点は、2023年9月20日に全国発売された「NANOX one」シリーズの刷新にある。ライオンの消費者調査によれば、衣類の「汚れが落ちる」ことを重視する人が67.1%いる一方、「黄ばみ・黒ずみを防ぐ」(31.9%)や「色あせ・色落ちを防ぐ」(24.6%)といった色を保つ機能も同時に求められており、約8割(80.1%)が「洗浄力と色を保つ機能の両立は難しい」と感じていた。ライオンはこの両立を実現する「高濃度コンプリートジェル」として、スタンダード(洗浄プラス)・ニオイ専用・PROの3ラインでNANOX oneを投入し、日本経済新聞の報道によれば店頭想定価格を旧NANOXから10〜20%引き上げている。つまりNANOX one PROは単なる新商品ではなく、機能強化を理由にした事実上の値上げを伴う世代交代として設計された商品である。
この刷新の背景には、ライオンの市場でのポジションも関係していると考えられる。液体洗剤市場ではP&Gの「アリエール」と花王の「アタック」がそれぞれ4割近いシェアを握るとされ、ライオンは2割程度で3番手に位置する。広告費で規模の大きい上位2社に対抗するには、価格に見合う価値を機能面で作り込んだ上で、独立した第三者機関のお墨付きを得て信頼を補強するアプローチが効きやすい。実際、LDKのテスト動画を店頭に設置した別のメーカーでは売上が180%程度伸びたとされる事例も報告されており、広告色のない評価には一定の販売促進効果があるとみられている。2025年9月にはさらに新酵素を採用した「超酵素コンプリートジェル」へとフルリニューアルし、部屋干し臭や黄ばみへの効果を一段と高めた。ブランド担当者は「23年の前回リニューアルから約2年を経て今回の成果に結び付いた」と述べており、数年単位のサイクルで機能更新と価格改定の機会を織り込んだ商品設計であることがうかがえる。
3. トレードマーケティング視点の分解
メーカー(ライオン)と小売それぞれの立場から見ると、同じNANOX one PROという商品でも重視するポイントが異なる。
流通
メーカー視点:全国のドラッグストア・スーパー・ホームセンターに加え、Amazon・楽天市場・Yahoo!ショッピングなどのECサイトでも本体・詰め替え・業務用4kgまで幅広く展開する。自動投入機能付き洗濯機の普及に対応する液体タイプへの注力も、配荷戦略の一つになっている。
小売視点:洗剤カテゴリの中でも粗利を確保しやすい上位グレード品として、標準品の隣に並べることで選択肢の幅を作り、カテゴリ全体の客単価を底上げできる商品として扱われる。
価格
メーカー視点:2023年の刷新時に店頭想定価格を旧NANOXから10〜20%引き上げ、2025年9月の全面刷新でもオープン価格を維持しながら価値の底上げを図った。さらに2026年7月7日、ライオンは原材料価格・物流費・エネルギーコストの上昇(中東情勢の緊迫化による影響を含む)を理由に、ナノックス・トップなど159品目を2026年10月1日出荷分から4〜25%値上げすると発表しており、NANOXシリーズは刷新のたびに機能強化とセットで価格転嫁を行う商品として位置づけられている。
小売視点:通販サイトの実勢価格でみると、本体600gが800円弱(1gあたり約1.3円)であるのに対し、最大容量の詰め替え「ウルトラジャンボ」1,400gは1,300円前後(1gあたり1円弱)で、大容量になるほど1gあたりの単価がおよそ2〜3割下がる。本体だけでなく詰め替え・大容量パックまで並べて売ることで、まとめ買いによる客単価の底上げが狙える。粗利率については、一般に上位グレード品(PRO)は下位グレード品(洗浄プラス等)よりも高い掛け率が設定され、小売にとっても金額あたりの粗利が厚い商品として扱われることが多い。標準品からPROへ、本体から大容量詰め替えへと誘導できれば、小売にとっては客単価だけでなく粗利額そのものの積み増しにもつながっていると考えられる(実際の卸条件は非公開のため仮説にとどまる)。
棚割り
洗剤棚では「洗浄プラス」「ニオイ専用」「PRO」の3グレードが横に並び、PROが最上位として価格のアンカーの役割を果たす。メーカーにとっては、3段階の価格帯を提示することで消費者が中間や上位グレードを選びやすくなる、いわゆる松竹梅効果を狙える配置であり、小売にとっても同じ棚面積の中でより客単価の高いグレードへ誘導できるという利点がある。詰め替え用は本体の隣に大容量サイズまで並ぶことが多く、「大きいサイズほど1gあたりが安い」という単価差を売り場で視覚的に示す構造にもなっている。
季節性
メーカー視点では、洗濯自体は通年発生する一方、梅雨時期(6月前後)や厚着で汗をかきにくい冬場など部屋干しの機会が増える時期に、部屋干し臭対策としての訴求を強めやすいタイミングがある。実際、利用者の口コミにも「梅雨に大助かり」といった声が見られる。小売視点でも、部屋干しシーズンに合わせて柔軟剤や除菌グッズなど関連カテゴリと合わせ買いを促すことで、洗濯関連カテゴリ全体の売上を底上げできる。ライオンは2025年に共働き世帯の「夜洗濯・部屋干し」ニーズに特化した数量限定品「NANOX one 部屋干し」も投入しており、通年定番としての需要に加えて季節・ライフスタイル起点の需要喚起も行っている。
プロモーション
2023年の発売時には、横浜流星・小池栄子・今田美桜を起用したテレビCM「100点の洗濯へ」を全国放映し、X(旧Twitter)ではアカウントのフォローと対象ポストのリポストを条件に、抽選で5,000名にサンプリングするキャンペーンを実施した。2026年2月には、カスタムオーダースーツブランドのFABRIC TOKYOと約2年をかけて共同開発した「NANOX × FABRIC TOKYO SPEED WASH ONE」を発売し、「NANOX one PROで30回洗濯しても新品級」という耐久性を実証する形で、同社が推進するサステナビリティ活動とも連動させた。テレビCMやSNSキャンペーンという企業主導のプロモーションに加えて、LDKベストバイのような企業がコントロールできない第三者評価も、実質的なプロモーションとして後押ししている。
認知・トライアル・リテンションの3段階で整理すると、テレビCM「100点の洗濯へ」やLDKベストバイ受賞の報道は、幅広い層にブランドを知らせる認知施策として機能している。トライアルにあたるのが、X上の5,000名サンプリングキャンペーンと、旅行・出張・コインランドリー向けのワンパック(10g×6袋)で、いずれも本体購入前に「試させる」設計になっている。リテンションは、詰め替え・大容量パックによる継続購入と、洗濯洗剤というブランドスイッチが起きにくいカテゴリ特性が組み合わさることで、一度定着した利用者を維持しやすい構造になっている。
カニバリゼーション
洗剤棚では「洗浄プラス」「ニオイ専用」「PRO」の3グレードが並ぶため、PROの購入が下位グレード(特に「洗浄プラス」)の売上をどの程度奪っているかは重要な論点になる。松竹梅効果を狙った価格設計は、多くの場合「上位グレードへのアップセル」を意図したものであり、NANOX oneシリーズ全体としての売上純増よりも、既存ユーザーがより高いグレードへシフトするミックスアップの側面が強い可能性がある。ライオンにとっては、シリーズ全体の売上が伸びていれば、たとえグレード間でシフトが起きていたとしても、客単価の上昇という形で利益には資する構造になっていると考えられるが、下位グレードの実売数量の推移は公開されていないため検証はできない。
小売にとっての狙い:客数×客単価×購入頻度
売上を客数×客単価×購入頻度に分解すると、NANOX one PROが主に動かすのは客単価だと考えられる。標準品からPROへ、本体から大容量詰め替えへとアップグレードするたびに、1回あたりの購入金額が積み上がる設計になっているためだ。次いで購入頻度にも一定の効果があるとみられる。洗濯洗剤は生活必需品としてリピート購入が前提のカテゴリであり、口コミに見られる「一生コレでいい」という声の通り、一度気に入られるとブランドスイッチが起きにくく、安定したリピートにつながりやすい。一方、客数(来店動機)への影響は限定的である。NANOX one PROの有無だけを理由に来店する店舗を選ぶ消費者は多くなく、来店動機を単独で作るタイプの商品ではない。
4. ショッパーマーケティング視点の分解
パッケージ
2023年の刷新時、無色透明のペットボトルを採用して店頭での視認性を高めるとともに、パッケージ前面に「7つの機能」を示すアイコンや「PRO」のロゴを大きく配置し、上位グレードであることが一目でわかるデザインにしている。詰め替えパックには「〇〇回分」という使用回数の目安が大きく印字されており、価格の高さを「回数で割ればお得」という文脈に変換する役割を果たしている。
購買トリガー
購買のきっかけは、「今使っている洗剤では部屋干し臭や黄ばみが取り切れていない」という日常的な不満である。発売前の調査でも約8割が洗浄力と色保持の両立を疑っていたように、多くの消費者は「洗剤はどれも大差ない」と思う一方で悩みも抱えているという状態にある。そこにLDKベストバイのような第三者のお墨付きラベルが加わることで、「失敗したくない」という価格への慎重さを後押しし、標準品よりも高いPROを手に取る決め手になっていると考えられる。
体験設計
体験の核は「洗濯物を部屋干ししても、ニオイがほぼ気にならないレベルまで消えている」という実感にある。LDKの消臭力テストでの高評価や、「生乾き臭が気にならず大満足」「汗の匂いが染みついたトレーニングシャツもスッキリ」といった利用者の声は、実際に使ってみて期待以上だったという体験が、継続利用と好意的な口コミの両方につながっていることを示している。旅行・出張・コインランドリー向けのワンパック(10g×6袋)も用意されており、日常使い以外の場面で製品に触れる機会も広げている。
ターゲットとなった性年代層
実際の購入者データ(性年代別)は公表されていないため、以下はLDKの読者層の傾向やNANOX oneシリーズの訴求内容からの推測である。
『LDK』は「テストする女性誌」として知られ、読者層は30〜40代の主婦層が中心で、限られた予算の中で厳選して買う「モノを見る目がシビアな層」とされる。この層は、家庭の洗剤選びで意思決定権を持つ層と重なりやすい。加えてNANOX oneシリーズは、共働き世帯の増加によって「夜に洗濯し、部屋干しする」生活が一般化したことを背景に開発されており、家事に割ける時間が限られた共働き層への訴求が明確に意識されている。
コア層は、家庭の洗剤選びの意思決定権を持つ30〜40代の共働き層だと考えられる。一方、LDKベストバイ受賞というニュースや度重なる価格改定の報道は年代・性別を問わず接触機会があり、「部屋干し臭に悩んでいる」という悩み自体も性年代を問わず共通するため、話題として認知する層(認知層)はコア層よりもさらに広いと推測される。
カテゴリ視点の指標分解
カテゴリ(洗濯用洗剤)の売上は、カテゴリ購入率×購入者あたり購入金額に分解でき、購入者あたり購入金額はさらに購入者あたり購入数量×平均単価に、購入者あたり購入数量は購入頻度×1購入あたり購入数量に分解できる。洗濯洗剤はほぼ全世帯が日常的に購入する必需品カテゴリであるため、NANOX one PROが「洗剤をまったく使っていなかった人」を新たに取り込む効果、つまりカテゴリ購入率そのものへの影響は小さいと考えられる。もっとも直接的に効くのは平均単価(標準品よりも高いPRO、さらに大容量詰め替えへのアップグレード)と、大容量の詰め替え・業務用パックによる1購入あたり購入数量の増加(まとめ買い)である。購入頻度については、ブランドスイッチが起きにくいカテゴリ特性上、緩やかな下支え要因にはなるが、平均単価・購入数量ほど際立った効果ではないと考えられる。
5. 実際の結果
NANOX one PROは2024年・2025年とLDKベストバイ・オブ・ザ・イヤー(洗濯洗剤部門)を2年連続で受賞しており、独立した第三者評価という点では狙い通りの結果が出ていると言える。2024年のテストでは1回15mlの使用量で月額換算約310円、テストした製品の中で最もコスパが悪かった製品との年間差額は約17,280円と算出され、洗浄力・消臭力・防臭力・使用感に加えてコスパの面でも高評価だった。2025年の受賞は2025年9月にフルリニューアルした新処方での受賞であり、2位の花王「アタック抗菌EX 強力洗浄」を抑えての1位という結果は、単発ではなく複数年・複数世代にわたって評価が継続していることを示している。
また、2025年9月のフルリニューアル、2026年2月のFABRIC TOKYOとのコラボレーション展開、そして2026年10月に予定される価格改定の対象にナノックスが含まれ続けていることからも、ライオンにとってNANOX one PROシリーズが投資を継続する価値のある主力ブランドであり続けていることがうかがえる。値上げの対象になるということは裏を返せば、値上げをしても一定の需要が見込めるとメーカー側が判断していることの表れでもある。
一方で、NANOX one PRO単体の販売数量・売上金額・市場シェアの変化は公表されておらず、LDKベストバイ受賞や価格改定が実際の売上にどの程度寄与したかを数値で断定することはできない。
6. 購買導線
NANOX one PROは、全国のドラッグストア・スーパーの店頭のほか、Amazon・楽天市場・Yahoo!ショッピングといったECサイトでも本体・詰め替え・業務用4kgまで幅広いサイズを購入できる。詰め替えサイズほど1gあたりの単価が下がる傾向があるため、すでにリピート利用が決まっている場合は大容量の詰め替え・業務用パックをまとめ買いする方が、実質的なコストを抑えやすい。
7. 類似のインサイトから生まれた他商品
「独立した第三者機関の継続的なお墨付きを得て、詰め替え・大容量によるコスパ訴求と組み合わせることで、高価格帯でも支持を維持する」という売れ方の法則は、NANOX one PROに限った話ではない。同じライオンの食器用洗剤「チャーミーマジカ」シリーズは、2022年に「酵素+オレンジの香り」がLDKベストバイ・オブ・ザ・イヤーを受賞して以降、2025年発表時点で4年連続受賞という「殿堂入り」の実績を持つ。本体(220mL)の実勢価格は140円程度と決して安くはないが、詰め替え特大(710mL)まで用意され、使うほど単価が下がる設計は洗濯洗剤と同じ構造だ。
また、まったく別の企業・カテゴリの例では、無印良品の「香りの付かない柔軟剤」が2023年のLDKベストバイ・オブ・ザ・イヤー(柔軟剤部門)を受賞し、2025年の発表でも殿堂入り商品として名前が挙がっている。詰め替え用1,000mLが599円という価格設定は、香りに頼らないというシンプルな価値提案に加えて、大容量詰め替えによる値ごろ感がセットで評価されている一例といえる。
業種・企業が違っても、「広告に頼らない第三者評価による信頼の獲得」と「詰め替え・大容量によるコスパの実感」を組み合わせる構造は共通している。
| 商品 | 仕掛け | 共通するインサイト |
|---|---|---|
| チャーミーマジカ 酵素+(ライオン) | 食器用洗剤でLDKベストバイ4年連続受賞、詰め替え特大で単価を下げる | 第三者評価の積み重ねが、価格の高さへの納得感を毎年更新する |
| 香りの付かない柔軟剤(無印良品) | 柔軟剤でLDKベストバイ受賞、詰め替え1,000mLで値ごろ感を演出 | シンプルな価値提案+詰め替えコスパで、無香料という定石破りを支持につなげる |
8. 法則の一般化
広告に頼らない第三者機関からの継続的なお墨付きは、値上げへの抵抗感を「高いけれど納得できる」に変える力を持つ。そこに詰め替え・大容量によるコスパ訴求を組み合わせれば、その納得感は一度きりで終わらず、購入のたびに更新され続ける。
出典:ライオン株式会社 プレスリリース(PR TIMES)/LDK(ベストバイ・オブ・ザ・イヤー)/日本経済新聞 等の報道をもとに作成


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