麻黄湯など漢方薬カテゴリはなぜ売れたのか

1. フック:売れた事実

2025-2026年冬のインフルエンザは、例年より早い2025年11月後半から患者数が急増する異例のシーズンとなった。東京都では2026年1月26日~2月1日の週に警報基準を再び超え、同一シーズン内に2度警報が出るのは1999年の現行統計開始以来初めての事態となり、インフルエンザによる学級閉鎖・学年閉鎖・休校の措置は全国で1万施設を超えた。

同時期、気象庁・日本気象協会は2026年1月20日頃からの寒波を「数年に一度レベル」の長さと位置づけ、東京都心では最高気温が一桁の日が1週間ほど続いた。北海道・東北・北陸では観測史上1位を更新する記録的な大雪が相次ぎ、札幌の48時間降雪量は65cm(旧記録62cm、2005年1月)、青森県酸ケ湯の最深積雪は487cm(旧記録438cm、2025年1月)を記録した

「記録的な寒波」と「インフルエンザの大流行」という2つの外部環境要因が重なる中で、悪寒が強く汗の出ない風邪の初期症状に用いられ、臨床研究で解熱作用がタミフルと同等と報告されている漢方薬「麻黄湯」が、セルフメディケーションの選択肢としてあらためて注目される環境が生まれた。

2. 背景と狙い

今回の需要増は、特定企業が仕掛けた新商品企画ではなく、外部環境要因が引き金になっている点で他の記事と性質が異なる。麻黄湯は後漢時代の医学書『傷寒論』に由来する1800年以上の歴史を持つ古典処方で、クラシエやツムラといった大手漢方薬メーカーが長年にわたり定番品として販売してきたロングセラーであり、目新しい新商品ではない。

各メーカーはこの数年、新型コロナウイルス流行を機に高まったセルフメディケーション志向を追い風に、ドラッグストアでの漢方コーナーの棚拡大、症状別の漢方薬解説コンテンツの発信、自社ECサイトや大手通販モールでの取り扱い整備を進めてきた。クラシエは毎年12月に、その年最も伸長した処方をまとめた「KAMPO OF THE YEAR」を発表しており、2024年は感染症の流行による「咳・のど」処方の伸長を受けて麻杏甘石湯が、2025年も百日咳の流行の影響で同じく麻杏甘石湯が選出されている。こうした「いつでも買える・症状に応じて選べる」体制を平時から整えていたことが、記録的な寒波とインフルエンザの大流行という不測の外部環境変化が起きた際に、麻黄湯を含む漢方薬カテゴリ全体の新規需要を取りこぼさず取り込める土台になったと考えられる。

3. トレードマーケティング視点の分解

流通

メーカー視点:麻黄湯は第2類医薬品に分類され、対面販売が義務付けられる要指導医薬品・第1類医薬品とは異なり、ドラッグストア・薬局に加えてインターネット通販でも販売できる。実店舗とECの両チャネルで機会損失なく需要を取り込める設計になっている。

小売視点:ドラッグストアにとっては、風邪薬売場に隣接する形で漢方コーナーを通年で維持しており、寒波やインフル流行のニュースが報じられるたびに、追加投資なく客足を呼び込める「仕込み済みの売場」になっている。

価格

メーカー視点:クラシエの麻黄湯エキス顆粒(10包)の希望小売価格は1,518円(税込)。同じくクラシエの定番品である葛根湯エキス顆粒(10包)の2,178円と比べるとむしろ安価であり、上位グレード品が高いという単純な構造ではなく、配合される生薬の内容による価格差である。

小売視点:医薬品は薬価と異なり価格競争が起こりにくく、ドラッグストアの粗利をけん引するカテゴリだと業界では言われている。大手ドラッグストアの品目別粗利率の分析では医薬品・調剤の粗利率が42.3%程度と報告されており、食品などの粗利率(20%前後)より高い。季節性商材である風邪薬・漢方薬は一般に粗利率の高いカテゴリに位置づけられることが多いと言われ、小売にとっても冬場の客単価と粗利の両方を押し上げる商材だった可能性がある(具体的な卸条件・粗利率は非公開のため、一般的な業界傾向からの仮説にとどまる)。

棚割り

記録的な寒波やインフルエンザ流行が繰り返し報じられる時期は、ドラッグストアの入口付近やレジ前など、通常より目立つ位置に風邪薬・漢方薬の関連陳列(クロスMD)が組まれやすい。マスクや体温計、スポーツドリンクといった関連商材と合わせた季節コーナー展開も、この時期特有の売場施策と考えられる。

季節性

本カテゴリの需要は本質的に季節性そのものであり、真冬(1月~2月)が最大の需要期にあたる。2025-2026シーズンは、例年より早い2025年11月後半からインフルエンザ患者数が急増し、さらに2026年1月20日頃からの記録的な寒波が重なったことで、通常の季節性の範囲を超えた需要が生まれた可能性がある

プロモーション

店頭での具体的なPOP施策の詳細は公開情報からは確認できないが、認知・トライアル・リテンションで整理すると、認知面では、麻黄湯の解熱作用がタミフル等の抗インフルエンザ薬と同等とする臨床研究の知見(順天堂大学のランダム化比較試験等)が、医療従事者向けメディアや健康コラムを通じて繰り返し紹介されており、これが「病院に行かずとも選べる代替の選択肢」としての認知を広げていると考えられる。トライアルについては、10包程度の小容量パッケージが各メーカーで用意されており、初めて手に取るハードルを下げている。リテンションは、風邪をひくたびに買い替える消耗品としての性質上、一度効果を実感したユーザーが症状が出るたびに指名買いする、という形で自然に発生しやすい構造になっていると考えられる。

カニバリゼーション

麻黄湯は「体力充実」した人向けで、悪寒が強く汗の出ていない状態に適応する一方、同じく風邪の初期に用いられる定番漢方薬「葛根湯」は、より穏やかな発汗作用で首や肩のこわばりを伴う症状に向くとされ、両者はドラッグストア・薬局の同じ漢方コーナーに並ぶことが多い。今回の需要増が漢方薬カテゴリ全体の純増ではなく、通常なら葛根湯や総合感冒薬(西洋薬)を選んでいた消費者の一部が、症状の強さに応じて麻黄湯に振り替わっただけの可能性がある。また、麻黄湯はインフルエンザへの保険適用があることから、本来は医療機関を受診してタミフル等の処方薬を求めていた人の一部が市販の麻黄湯に切り替えた可能性もあるが、いずれも公開データからは検証できず、「〜の可能性がある」という留保付きの推測にとどまる。

小売にとっての狙い:客数×客単価×購入頻度

売上を客数×客単価×購入頻度に分解すると、本カテゴリで主に効いたのは客数(通常は積極的にドラッグストアに来店しない層や、風邪の初期症状で「まず様子見」の層の来店)と客単価(定番の総合感冒薬より高単価な漢方薬を選んでもらう、あるいはマスク・スポーツドリンク等の関連購買)の2つだと考えられる。購入頻度は、シーズン中に複数回体調を崩すリピーターがいる限りにおいて副次的に伸びる可能性があるが、主目的ではないとみられる。

図:売上ドライバー(客数×客単価×購入頻度)のうち、今回の外部環境要因が主に効いたと考えられる要素(当サイト作成)
客数 主要ドライバー (普段来店しない層・様子見層の来店) 客単価 主要ドライバーの一つ (漢方薬・関連商材による買い上げ) 購入頻度 副次的効果にとどまる (シーズン中の再罹患者にのみ生じる効果)

4. ショッパーマーケティング視点の分解

パッケージ

伝統的な生薬パッケージデザインで、信頼感・実績を演出するデザインが主流。メーカーごとの色分け(クラシエは赤系、ツムラは青系など)で、売場での視認性とブランド識別を確保している。

購買トリガー

「体の節々が痛む」「悪寒が強く汗が出ない」といった自覚症状との一致、あるいは「タミフルと同等の効果が報告されている」という情報が、直接の購買トリガーになっていると考えられる。従来型の風邪薬(総合感冒薬)とは異なり、症状のタイプに応じて処方を選ぶという購買行動自体が、漢方薬カテゴリ特有の購買トリガーである。

体験設計

病院を受診せずセルフメディケーションで対処できるという体験そのものが価値になっている。一度効果を実感すれば、次回以降は同じ処方を指名買いする学習行動が生まれやすく、これが後述するリテンションの土台になっている。

図:外部環境要因が漢方薬の購買行動につながるまでの流れ(当サイト作成)
記録的寒波× インフル大流行 健康コラム等で 代替選択肢を認知 小容量パックで 初めて購入 効果を実感し 指名買いへ 次のシーズンも リピート購入 認知 トライアル リテンション

ターゲットとなった性年代層

実際の購入者データ(性年代別)は非公開のため、以下は業界レポートや各社の公開情報からの推測である。

一般用漢方薬の主要ユーザーは40代女性が中心層とされてきたが、近年はSNSでの話題化を背景に、10代・20代の若年層への広がりが業界内で指摘されている。今回のような記録的寒波・インフルエンザ大流行という外部環境要因は、性年代を問わず「初めて漢方の風邪薬を試す」新規層を後押しした可能性が高い一方、麻黄湯自体が「体力充実」した人向けの処方であり、体力の落ちた高齢者や虚弱体質の人には適さないとされることから、高齢層よりも比較的若く体力のある層が中心的な新規購入者になっていた可能性がある。ただしこれらは実購入者データが非公開のため、推測の域を出ない。

カテゴリ視点の指標分解

国内の一般用漢方薬市場規模は2019年の587億円から2023年には708億円へ拡大しており、風邪関連処方の代表格である葛根湯は2022年時点で市場構成比17%・推定販売金額121.8億円と、カテゴリの中核を占め続けている。麻黄湯はもともと定番処方であり、今回の外部環境要因が効いたのは、既存ユーザーの購入頻度や購入量の増加よりも、「今まで漢方の風邪薬を買ったことがなかった人が、今シーズン初めて手に取った」というカテゴリ購入率の押し上げだったと考えられる。

図:カテゴリ指標の分解ツリー。赤色=今回の外部環境要因で特に押し上げ効果があると考えられる指標(当サイト作成)
× × × カテゴリ(一般用漢方薬)の売上 カテゴリ購入率 購入者あたり購入金額 購入者あたり購入数量 平均単価 購入頻度 1購入あたり購入数量

5. 実際の結果

国内の一般用漢方薬市場は2019年の587億円から2023年には708億円へ拡大しており、市場全体としては緩やかな成長トレンドにある。風邪の初期症状に用いられる代表処方である葛根湯は、2022年時点で一般用漢方処方の市場構成比17%・推定販売金額121.8億円と、カテゴリの中核を占め続けている。一方、麻黄湯単体の2025-2026シーズンにおける具体的な売上・販売数量は公表されておらず、記録的な寒波とインフルエンザの大流行が実際にどの程度、麻黄湯を含む漢方薬カテゴリの購入を押し上げたかは断定できない。クラシエは毎年12月に、その年最も伸長した処方をまとめた「KAMPO OF THE YEAR」を発表しており、2024年・2025年はいずれも感染症流行の影響で「咳・のど」関連処方(麻杏甘石湯)が選出されている。2025-2026シーズンの傾向に麻黄湯が含まれるかどうかは、2026年末発表の次回版を待つ必要があり、現時点では「〜と見られる」という推測にとどめざるを得ない。

6. 購買導線

麻黄湯は第2類医薬品のため、ドラッグストア・薬局の店頭に加え、Amazon・楽天市場などの通販サイトでも購入できる。

7. 類似のインサイトから生まれた他商品

外部環境要因が特定の漢方処方への新規需要を後押しする構造は、麻黄湯に限った話ではない。クラシエの「KAMPO OF THE YEAR」では、2024年・2025年と2年連続でマイコプラズマ肺炎・百日咳といった感染症の流行を受けて「麻杏甘石湯」(咳症状に対応する処方)が選出されている。また、夏場に気温が上昇し猛暑となる年には、脱水症状や熱中症の初期対応に用いられる「五苓散」が医療系メディアで繰り返し取り上げられる傾向がある。いずれも、天候や感染症の流行という企業がコントロールできない外部環境要因が、特定の漢方処方への需要を一時的に押し上げるという共通の構造を持つ

処方需要を押し上げた外部環境要因共通するインサイト
麻杏甘石湯(KAMPO OF THE YEAR 2024・2025選出)マイコプラズマ肺炎・百日咳の流行感染症の流行期に「咳・のど」処方への関心が高まる
五苓散猛暑・熱中症リスクの高まり気象の変化がその季節特有の処方への需要を後押しする

8. 法則の一般化

天候や感染症の流行といった外部環境の変化は、企業が主体的に仕掛けるプロモーションとは異なる形で、特定カテゴリ・特定商品への新規需要を生み出す。「自社が仕掛けていない需要の波」を取りこぼさないためには、話題になってから動くのではなく、平時から売場・情報発信・購入チャネルを整えておくことが鍵になる


出典:厚生労働省インフルエンザ関連報道発表資料/東京都感染症情報センター/気象庁・日本気象協会(Weather X)/tenki.jp/クラシエ薬品プレスリリース(PR TIMES)/日本経済新聞/順天堂大学等の臨床研究知見の紹介記事/業界レポート等をもとに作成

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